Vol. 26
京の夏に涼風を誘う
風雅な京すだれ京すだれ専門の店 田中すだれ店
幸(sachi)とは?
職人技と呼ばれる“極み”を完成した人々、”ケアメンテ”も縁の下の力持ちに徹し、
静かに”技”を研鑽している。伝統工芸の職人技とケアメンテの職人技は共通しており、
それぞれの技の“極み”を発見してもらうために「幸」がある。
長年に渡りご紹介してきたハッピーの季刊誌 「幸(sachi)」が、WEB版に生まれ変わり待望の復刊です。
厳しい暑さで知られる京の夏。そんな暮らしを少しでも快適に過ごしたいという思いから生まれたのが、京すだれです。水辺の植物である葭(よし)や蒲(がま)で編まれたすだれは、日除けはもちろん目隠しの役割も。夏に限らず風情ある京町家の街並みに欠かせない存在となっています。
宮廷の調度品から発展した京すだれ
すだれのルーツは、平安時代の御簾(みす)にさかのぼります。高貴な方々への謁見時に直接顔を見ないための仕切りでもあった宮廷の調度品が、やがて一般の住居用としても広まり、特に京都では茶室用すだれの他、屋内用の座敷すだれや日除けと目隠しを兼ねた屋外用のすだれとして普及してきました。
伝統的な京町家が多く残る東山に店を構える「京すだれ専門の店 田中すだれ店」は、大正10年の創業以来、京すだれを作り続けるお店です。今年86歳になる4代目の田中實さんは、小学校に通う頃から父の手伝いをしながらすだれ作りの技術を身につけてきたそうで、実に70年以上のキャリアを誇る現役の職人さんです。
同店で作られているすだれの主な材料は、葭や蒲、そして竹。用途に応じて使い分けられており、例えば茎の中央に空洞がある葭のすだれは湿気に強いため北側の窓、茎が太くて丈夫な蒲のすだれは陽が当たる南側の窓に適しているのだとか。
「葭も蒲も、寒いうちに刈り取って1年から2年かけて乾燥させたものを使っています。その中からすだれの大きさに合わせて、長さを選り分けておくんです」と田中さん。さらに、凸凹のある節の部分を小刀で削ぎ落として表面を滑らかにする作業を、最盛期の夏までに済ませておくそうです。
素材の見極めが仕上がりを左右
葭の歪みを整えるために、指先で節を軽く折ってから機械にセット
すだれ作りは、完全に手作業で行う手編みと機械編みの2種類あり、一般的なすだれは編み機が使われているそうです。
木で作られている編み機の表面がすり減りつるりとしているのは、長年使い込まれてきたことの証です。
葭を1本セットするごとに足元のペダルを踏むと、カシャンカシャンという音とともに木綿の縦糸が自動で葭に巻きつき、編み込まれていきます。
節同士が重なると隙間が生まれてしまうため、上下の葭を微妙にずらして編んでいく
「葭は1本1本太さも違うし、少しずつ歪んでいます。仕上がりの面に隙間ができないように、節の部分を軽く折って、歪みを調整してから編んでいるんですよ」
なるほど、葭をセットする前に節を折るポキッという軽い音が聞こえています。あまりにスムーズな動きは、一見すると簡単そうに思えますが、1本ごとの個性を瞬時に判断して形を整え、根元と先端の向きを交互に変えながら編み上げていく作業は熟練の技そのもの。葭の向きやセット位置に迷いがあると、隙間や歪みのあるいびつな仕上がりになってしまうのです。
刃先を入れたら一気にカット。ここでも迷うことなくスッと切り進むことで美しい仕上がりに
サポートに徹する5代目の坂本充弘さんは、「節の折り方や機械にセットするときの判断が早いので、同じサイズのすだれを作っても、父のほうが今も早くて仕上がりも美しいんですよ」と話すように、坂本さん自身が20年近く修業をしてきたからこそ、尊敬の念が深まるそうです。
そうして仕上がったすだれは、両端をカットしてサイズを調整。手作りの温もりを備えつつも、背筋がスッと伸びるような美しさを備えた京すだれが完成します。
水の良し悪しが品質の差に
ツートンカラーが美しい葭障子は、日に焼けた色がしっかりと着くまで4?5年寝かせたものを使用。将来の注文を見越して、材料の選別や準備が欠かせない)
京すだれの材料となる葭や蒲は、もともと京都から近い琵琶湖畔に自生しているものが使われてきましたが、近年は中国産が主流になっているそうです。
「葭には水質を浄化するフィルターのような働きがあって、水が汚れていると葭が黒ずんでしまうんですね。そやから琵琶湖の水が汚れてくると葭の品質も悪くなってしまってね」
しかも近年は刈り取る職人さんの高齢化もあり、ますます国産の材料が手に入りにくくなっているそうです。
「中国産のものも、いずれ水質が悪くなったり人件費が上がって良いものが入ってこないんやないかな。すると奥地へ奥地へと探しに行くから値段が高くなるばかりやね」と、良質の素材にこだわる田中さんにとって、将来の材料不足への不安がよぎります。
時には皮の一部分を剥いで日焼けさせた葭を使った、デザイン性の高い葭障子などのオーダーを受けることもありますが、「できたものを気に入ってもらって、追加で同じものを作ってほしいと言われることもあるんですけど、そのときには同じ色の材料が揃わないこともあるんですよ」と、天然素材ゆえの難しさも。
それでもできるだけ注文に応えたいという思いから、倉庫には多くの材料を確保。しっかりと乾燥させながら出番を待っています。
簾師として京の名工に
すだれ作りは暑くなってくる梅雨明けごろから最盛期を迎え、窓の大きさや用途に応じたオーダー品の依頼もひっきりなしに入ります。そのため、一日中立ちっぱなしの作業が続くこともあるそうですが、「自分で作ったものを喜んでもらえることが嬉しいですからね」と、年齢を感じさせない動きで精力的に取り組む田中さん。平成24年には熟練の伝統産業従事者に贈られる「京の名工」を「簾師」として受賞。暮らしになじむ美しいすだれ作りを今なお追い求めています。
86歳の今も毎日仕事場に立ち続ける田中さん
使用後は水洗いをして、しっかりと乾燥させてから仕舞うことで長持ちする
縦糸を亀甲模様に編み上げた手編みのすだれ。窓辺の景色が涼しげに
田中すだれ店
大正10年創業の京すだれ店。神社、仏閣、御簾、座敷すだれ、葭障子、御茶室用すだれなど、京都の伝統文化に寄り添ったすだれを制作。オーダー品のみならず、店頭販売も行っている。
店舗
住所 京都市東山区月見町16(東山安井東入る)
電話番号 075-561-2512
営業時間 9:00~17:00
定休日 日曜・祝日
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